モーツァルト週間2019『タモス』 T.H.A.M.O.S.

オペラ

-

人気テノール、ビリャソンが芸術監督に就任したザルツブルクの「モーツァルト週間」。 やる気満々の新監督が、スペインの「ラ・フラ」とともに贈る新しいモーツァルト!  夏の音楽祭や春の復活音楽祭が有名なザルツブルクは、いうまでもなくモーツァルトの生地です。毎年モーツァルトの誕生日である1月27日をはさんで開催される「モーツァルト週間」は、国際モーツァルテウム財団が作曲家の生誕200年の1956年から開催している、すでに60年超の歴史を持つ音楽祭。春夏の2つの音楽祭に比べると規模は小さいものの、見逃すことのできない価値ある、冬のザルツブルクの重要な音楽イベントです。とくに2019年からはメキシコ出身の人気テノール、ロランド・ビリャソンが芸術監督に就任してやる気満々。近年は演出家としても活躍を始めたビリャソンですが、ここではプロデューサーとしてらつ腕を振るうべく、従来は「モーツァルト中心」だったプログラムを「モーツァルトのみ」に絞り、会場も市内各所に拡大して、いっそう充実したものに発展しつつあります。番組ではそのビリャソン監督1年目となった2019年の音楽祭から、モーツァルトが劇音楽を書いた『エジプトの王ターモス』をもとに再創造した舞台『タモス』の上演の様子をお届けします。  『エジプトの王ターモス』は、1774年にウィーンで初演された5幕構成の芝居です。モーツァルトはこの劇のために2曲の合唱曲と5曲の管弦楽曲(幕間音楽とフィナーレ)を作曲しました。ここで上演されているプロダクションは、この芝居と音楽をもとに、スペインの演劇集団「ラ・フラ・デルス・バウス」の演出家カルルス・パドリッサが、『魔笛』や『ツァイーデ』など、モーツァルトの他作品の音楽も加えて、新たにオペラ風の劇作品として再構成したもの。原語では『T.H.A.M.O.S』と表記されているので、『タ・モ・ス』とでもするのがよいかもしれません。 (ただしパドリッサは各文字に当てはめて、T=Tesla, Nikolaus 20世紀の発明家ニコラ・テスラ、H=Homunculus 人造人間ホムンクルス、A=Artaud, Antonin 「器官なき身体」の語源の提唱者の俳優アントナン・アルトー、M=Mozart、O=Orbit[軌道]、S=Synergie[共働]という、プロダクションのキーワードとなりそうな単語の頭文字を掲げています。)  原作は古代エジプトを舞台に、権力争いと男女愛、親子愛がせめぎ合う物語。戯曲の作者でモーツァルトに音楽を依頼したトビアス・フォン・ゲープラー男爵がフリーメイソンの会員だったこともあり、この戯曲にも『魔笛』同様にフリーメイソンの秘儀が隠されていると言われています。それゆえパドリッサの舞台にも、中央にでかでかとフリーメイソンの象徴であるピラミッド・アイ(プロビデンスの目)が設えられ、そこには演出上のさまざまな仕掛けも施されています。  『魔笛』の音楽が用いられているのは、もちろん「フリーメイソンつながり」でもあるわけですが、よりドライな理由としてパドリッサは、『タモス』の音楽だけでは1時間半の舞台作品を構成するには足りないからだと、音楽祭公式サイト掲載のインタビュー記事で語っており、他に上述の『ツァイーデ』や、フリーメイソンの儀式のための音楽、また序曲として作曲時期が近い交響曲第26番K.184などが用いられています。  引用曲については必要に応じて歌詞が変えられているのはもちろんですが、パドリッサは台本もいくらか変更しており、面白いのは歌のないセリフ部分。出演者たちがそれぞれの母語でしゃべっているのです。つまり題名役ターモスのヌッタポン・タッマーティはタイ語、ヒロイン・タルシス役のファトマ・サイードはアラビア語、その父メーネス王役のルネ・パーペはドイツ語……といった具合。パドリッサとメキシコ生まれ指揮者アロンドラ・デ・ラ・パーラのスペイン語も含めて、じつに多様な言葉の響きが聞こえてきます。セリフ部分には、電子音を含む、モーツァルトでない音楽も使われています(音楽=ウルベス・カパブロ)。  パドリッサの演出は、物語の骨格は変わりませんが、紀元前3000年のエジプトを舞台にしたSFファンタジーという趣で、もちろん「ラ・フラ・デルス・バウス」お得意のアクロバット・ダンサーも起用され、伝統あるフェルゼンライトシューレに、新しい、スペクタキュラーな舞台が出現しています。  なお、新監督のビリャソンは、もともとこのプロダクションにはキャスティングされていなかったものの、前年末に体調を崩し、手術のため、出演予定だった当音楽祭の『レクイエム』も含めて、2019年のスタートを休養に充てることになりました。残念ながら新芸術監督不在となってしまった音楽祭ですが、その意欲は上演からありありと伝わってきます。2020年以降も、ビリャソン体制下の新しい「モーツァルト週間」に大いに期待しましょう。 [出演]ルネ・パーペ(メーネス王/バス)ファトマ・サイード(タルシス/ソプラノ)ヌッタポン・タッマーティ(ターモス/テノール)バスティアン・トーマス・コール(僧/バス)ジルケ・レッドハマー(ミリス/メゾ・ソプラノ) [演目]ターモス~モーツァルト『エジプトの王ターモス』K.345にもとづく(全3部)[演出]カルルス・パドリッサ[舞台美術]ローランド・オルベーター[衣裳]チュー・ウロース[映像・照明]フランク・アルー[アクロバット振付]ギャビー・バルベリオ[特殊効果]トーマス・バウテンバッハー[作詞]アリシア・アツァ[音楽]ウルベス・カパブロ[ドラマトゥルグ]イヴォンヌ・ゲバウアー[指揮]アロンドラ・デ・ラ・パーラ[演奏]カメラータ・ザルツブルク、ザルツブルク・バッハ合唱団[合唱指揮]アロイス・グラスナー[収録]2019年フェルゼンライトシューレ(ザルツブルク)[映像監督]ティツィアーノ・マンチーニ ■【全3部】字幕/1時間45分(番組枠)

関連エピソード

おすすめ