内田光子『モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番』 Mozart, Piano Concerto No. 20 in D minor, K. 466

配信終了:2020年11月19日 23:59

コンサート

  • 39分
  • 2001
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疾走する悲しみ――。現代最高のピアニストがモーツァルトの故郷の名門楽団と生み出すデモーニッシュな奔流。 西洋音楽が日本に入ってから150年足らず。この短い間に、指揮者では小澤征爾、そしてピアノでは内田光子という世界に冠たる現代最高の演奏家が出現したのは驚くべきことです。内田は1980年代から、「モーツァルトの女王」という世界的評価を得て以来この作曲家のチクルスを継続。今回の番組で共演、弾き振りしているのはモーツァルトの故郷の室内オーケストラ、カメラータ・ザルツブルクです。殊にこの作曲家においては80~90年代、巨匠シャーンドル・ヴェーグに鍛えられた名門で、この演奏では部分的に古楽スタイルを採り入れ、硬いバチのティンパニやナチュラルトランペットを使用しています。 少しオーバーでは?と思うほどの豊かな表情で繰り出す指揮ぶりが物語るように、内田はモーツァルトのすべてを感じとり、それをピアノにオケに、すべての音へと転化します。そこからキビキビした流れが生まれ、どんなフレーズもはっきりしたキャラクターやニュアンスで特性づけます。密度の濃さがモーツァルトの天才と古典美を余さず描くのです。 フリーの音楽家となってウィーンに定住、自身のコンサートのためにピアノ協奏曲を量産してきたモーツァルトも、このK.466ニ短調では一段と充実を極めます。それもこのジャンルでの初めての「短調」で。彼の短調は、あたかも自分の内の底なしのパトスに潜っていくような趣がありますが、特にニ短調は『ドン・ジョヴァンニ』や『レクイエム』等の名作の調性。内田たちの演奏はモーツァルトのパトスをとらえた、当代最高レベルの演奏と言えるでしょう。 ピアニシモでベースの音が地を抉り、ヴァイオリンが不穏にさざめく冒頭から、すべてを明確に造型するよりも彼らは憑かれたようにこのデモーニッシュな音楽に没入、疾駆していきます。そして続く、夢見るようなロマンティックな第2楽章はなんと安らかに感じることか。フィナーレは再び闇と光が追いつ追われつ、最後のコーダの‟オペラ的“エンディングはいかにもモーツァルト。かつて評論家の小林秀雄はモーツァルトの音楽を「疾走する悲しみ」と言いましたが、この内田たちの演奏を聴くと、それを想起せずにはいられません。 [ピアノ&指揮]内田光子[管弦楽]カメラータ・ザルツブルク [曲目]モーツァルト:ピアノ協奏曲第20番ニ短調K.466(カデンツァはベートーヴェン作のものを演奏) [収録]2001年 ザルツブルク モーツァルテウム大ホール[監督]ホラント・H・ホールフェルト

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