エクサンプロヴァンス音楽祭2019『トスカ』 Tosca

配信終了:2021年02月04日 23:59

オペラ

  • 2時間5分
  • 2019
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老プリマ・ドンナの妄執と狂気。名作オペラを、プッチーニの音楽はそのままに大胆にリメイクした衝撃の問題作。これは勇気ある傑作か?それとも忌むべき異端か?

 
 オペラが始まると、最初に聴こえてくるのは、なんと第2幕の有名なアリア『歌に生き恋に生き』です。それはレコードから流れる音楽。年老いた往年の大プリマ・ドンナが、かつての自分の録音と一緒に口ずさんで思い出に浸っているのです。しかしすぐに、彼女の息子がレコードの針を上げて、プリマ・ドンナはわれに返ります。この日は彼女の屋敷にオペラ団のメンバーがやってきて、彼女の功績を称える演奏会形式の『トスカ』のリハーサルが行なわれることになっているのです。やがてオーケストラのチューニングが始まり、歌い手から合唱団まで、メンバーたちが次々と家に入ってきます。
 と、ここまでがいわばアヴァン・タイトル。プリマ・ドンナの「用意できたわ。ありがとう、マエストロ」という声とともに、プッチーニの音楽が始まります。
 しかし。『トスカ』本来の舞台である1800年のローマはまったく出てきません。第1幕はプリマ・ドンナ邸でのオペラのリハーサルの様子。この演出は、『トスカ』を上演する現代のオペラ団を描いた物語なのです。つまりトスカ役のエンジェル・ブルーは、トスカそのものではなく、「トスカ役を歌うソプラノ歌手」を演じています。これはもう「読み替え」どころではなく、プッチーニの音楽をそのまま使った別の音楽劇。その主役はトスカでもカヴァラドッシでもなく、原作にない老プリマ・ドンナです。ところがこれがなかなか楽しめます。
 
 プリマ・ドンナ役はキャサリン・マルフィターノ。かつて実際にトスカ役でも大活躍した、上演時71歳の名ソプラノは、その役柄とイメージが重なります。実際、劇中には、彼女が出演したロイヤル・オペラの『トスカ』のポスターや、プラシド・ドミンゴと共演した映画版『トスカ』の映像も使用されるなど、随所が実在のマルフィターノに当て書きした演出になっています。
 
 音楽は(わずかな例外を除いて)プッチーニのスコアそのままで進み、第2幕はリハーサル終了後のプリマ・ドンナ邸、第3幕は演奏会形式のオペラ本番と、物語の舞台が変わっていきます。本来の『トスカ』のストーリーで理解しようとするなら、まったく意味不明な物語。実際、「作品に対する冒涜」という批判の声も少なくなく、これがもしプッチーニの母国イタリアの音楽祭だったら、大ブーイングが起こったかもしれません。しかしエクサンプロヴァンスの客席は大喝采でこの衝撃作を歓迎しました。
 歌手陣は充実した歌唱を聴かせています。なかでもアメリカ人ソプラノのエンジェル・ブルーの、強く、しかし柔らかな声はとても魅力的。上述のような少女っぽい可愛い表情もじつにうまくはまっていて印象的です。マリインスキー劇場を本拠に活躍するバリトン、アレクセイ・マルコフのスカルピアも圧巻。ときにじつにソフトな優しい歌声で、この悪役のいやらしさを際立たせています。
 
 はたしてこれが、オペラ解釈の新たな地平を拓く勇気ある傑作舞台なのか、唾棄すべきオペラ史上最大級の異端なのか。ぜひご自身の目でお確かめください。

[演目]ジャコモ・プッチーニ:歌劇『トスカ』全3幕
[指揮]ダニエーレ・ルスティオーニ
[演出]クリストフ・オノレ
[舞台美術]アルバン・ホー・ヴァン
[衣裳]オリヴィエ・ベロワ
[照明]ドミニク・ブルギエール
[映像]クリストフ・オノレ、バプティスト・クラン

[管弦楽]フランス国立リヨン歌劇場管弦楽団
[合唱]フランス国立リヨン歌劇場合唱団(合唱指揮=ユーゴ・ペラルド)

[出演]
エンジェル・ブルー (トスカ/ソプラノ)
キャサリン・マルフィターノ(プリマ・ドンナ/ソプラノ)
ジョセフ・カレヤ(カヴァラドッシ/テノール)
アレクセイ・マルコフ(スカルピア/バリトン)
サイモン・シバンブー(アンジェロッティ/バス)
レオナルド・ガレアッツィ(堂主/バリトン)
ジャン=ガブリエル・サン・マルタン(シャルローネ/バリトン)
マイケル・スモールウッド(スポレッタ/テノール)
ヴィルジル・アンスリ(看守/バス)
ジャン=フレデリク・ルムー(執事)
ほか 

[収録]2019年7月 エクサンプロヴァンス、アルシュヴェシェ劇場
[映像監督]フィリップ・ベジア

■字幕/02:04:54

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